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雨と蛞蝓    2008 / 02 / 11 ( Mon )
又の名を水野蓉子の憂鬱。聖蓉。







 曇天の覆う街は何処か色褪せて、色彩が無いというだけでこんなにも世界は変わるのだ ろうか。



俄雨


 空気に混ざる湿気に蓉子は歩調を早めるが幾等も進まぬうちに頬を滑る雨粒を感じ、次第 に強くなる雨脚に蓉子の目は忙しく雨露をしのぐ場所を探した。鞄を持ち直し、 銀糸の覆う視界の中、目に入ったコンビニエンスストアにそれを求め僅かな屋根の下に身を寄せる。 中に入っても良かったのだけれど、何と無く躊躇われた。
この季節には良くある俄雨。直ぐに晴れるだろうと高を括った。 湿った前髪を鬱陶しげにかきあげる。 手に持つ鞄の中を覗くまでもなく傘がないことを知っていた。
いつからこんなに要領が悪くなったのだろう。記憶の中、今朝のニュースでも確かに雨 天注意を告げていた。そんな日は傘を用意する習慣がついていた筈ではあるけれど。 お姉さまにも珍しいものだと揶揄されたのだが、自分ではどうする事も出来ない。
光を湛え遮る雲の彼方を思って独り嘆息すると一層気が滅入った。
西の空は雲が隙間無くたれ込めている。 しとしとと垂れる露が足元から這上がるような湿気を感じさせ微かに身を震わせる。 やはり屋内に入った方が良かっただろうか。 少しばかりの後悔を引きつつ、ついと身を翻すと幾らか離れた場所に一組の男女の姿 を認めた。
彼等は蓉子の見ている前で人目も憚らずその唇を吸い寄せ合う。その生々しい仕草に 肌が泡立つのを自覚した。口の端から唾液が零れるのではないかと思える程たっぷりと濡らした 舌が時折唇の間からのぞく。露に湿る頬に湿る唇湿る舌。白いしっとりとした頬の感 触柔らかな口唇の感触ざらざらとした舌の感触溶け合う唾液の感触色素の薄い髪の柔 らかな感触。妙な現実感を伴ってそれらの感触が体を掠めた。知らず唇がその名を象 った時、蓉子は慌てて口を噤んだ。今自分は誰との口づけを夢想したのか。かぶりを 振り、考えを忘れようとしたがそれは存外難しい。蓉子は自分自身に嘘をつけない気 質を恨んだ。
 思考を頭から引き矧がすように男女の行為から目を引き剥がし、蓉子は硝子に映る 自分に気付く。見慣れた顔ではあるけれど、血の気の無い酷い顔色をしている と思った。
 教室の片隅でいつも頬杖をついて至極つまらなそうに窓の外を眺めている日本人ば なれした鋭利な横顔。それはあたかも世界の何もかもが彼女の中で色彩を得ていない かのよう。
 彼女の顔を思いだす時、それはいつも横顔だった。エジプトの壁画のようだ。彼ら は決して私達を見ることはなく、いつも何処か遠い場所を見ている。

   あなたには関係のないことじゃないかしら。

 薔薇の館に忘れ物を取りに戻ると思わぬ珍客に束の間言葉を失った。
当の客人はいつの間にか降りだした雨がその身を打つのにも構わず、開け放した窓口 に腰掛け何か手で弄んでいる。
 テーブルの上の花瓶から埋けられていた筈の花が無くなっているのを見遣りながら 近付くと、彼女は蓉子の記憶と違わぬ花を千切っては窓の外の銀糸の中へと吸い込ま せている。 無惨にも引き裂かれた花弁は土色に濁る水溜まりの中、静かにたゆたっている。
雨の匂いに混ざるものに違和感を感じ、花の中に棘のある物が混ざっていたのだろう か、彼女の手が血に汚れていることに気が付いた。雨粒がそれを流そうと混じり合い 、薄く延びた紅が白い掌を這っている。
蛞蝓の這った跡のようだと思った。

「・・・聖」

ようやく発した声は雨音に消えてしまうのではないかと思えた。それでもそこに咎めの 色を感じたのか、聖は鬱陶しそうに最後の花を千切る。

「何かしら」

覆うように肩に垂れる長い薄い色の髪が僅かに露を帯び、曇天の薄明かりに鈍く光っている。
掌から最後の花がはらはらと堕ちてゆく。

破傷風になるわ。

だから何。

消毒だけでも。

死にはしないわ。

 そんな事が言いたいのではないのに。 それ以上言葉を紡げずにいる蓉子に、聖は唇を引き上げ隙のない嫣然とした、故に空 虚な張り付けたような笑みを浮かべた。

「御心配ありがとう。気は済んだかしら?」

指先を見るとうっすらと引かれた線から血がにじみはじめていた。書類で誤って切って しまったらしい。
珍しいこともあるのね。
白薔薇さまが面白がるように笑んだ。そのとなりの席は決って空席。
蓉子ちゃんのミステイク何てそうそう見れるものではないわ。
最近の蓉子の挙動を知りながら敢えて茶化しているのだろう。まだ薔薇の館に来てから 日の浅い妹の祥子はそれに気付かず、落ち着かなげに視線を送っている。
蓉子は血が溢れるのを見ながら、何故こんなにも違うのかと考えた。あの時の彼女の血 の美しさはその名の通り神聖以外の何ものでもなかった。



私は緩衝材にはなるけれど良薬には成り得ないわ。

「え?」
蓉子が束の間呆けたように問い返すとそれが可笑かしいのかその人は口許から溢す笑みに深みを増せた。
「私はあの子を良く理解しているつもりだけれど、それはお互い似たところがあるからで殊更に私が慧眼であるわけではないわ」
まさか。
それを見抜いたのは慧眼ではないのか。そんな風にも思ったけれど、その人が言いたいのは別のことにあるらしいので蓉子は何も言わず聞き入った。
「薬はね、異物だからこそ効能があるのよ。」
その人は頬杖をついたまま蓉子に目を向け、何処とも知れぬ場所を見つめている。
「だからね」
蓉子ちゃんに聖の良薬に成って欲しいの。
それは同時に異物であるということ。

蓉子は目を瞬いた。
「私には無理でしょう」
聖が毛嫌する私では。
「だからいったでしょう」
それすらも見透かすようにその人は微笑む。
良薬は口に苦いのよ。


 初めてその人と会ったのは、その人をその人と認識したのは、所用で祥子の教室へ行っ た時、偶々そうと教えられたからだ。
一足早く授業の終わった教室を後に、祥子のクラスへ向かうと丁度授業が終わり、生徒 が三々五々に席を立ち始めた頃だった。 祥子に促され、見れば彼女はノートを取り終えたのか筆記用具共々丁寧な仕草で仕舞う と、早々に席を立った。敬虔なクリスチャンでおそらく御御堂に行くのだと蓉子の言葉 を先回りした祥子は言った。
この子が、と妙に納得するような只頷いているだけのような曖昧な感情。それ以上の思 いは浮かばなかった。
蓉子の視界にいる間、彼女はクラスメイトと一言も言葉を 交わす事は無かった。

 満たされたようでいて何処か飢えている。
栞さんと会うようになった彼女はそんな表情ばかりするようになった。

人波が溢れ寄せては返す。
蓉子はその波に溺れ、憂鬱さを隠さずに眉根を寄せた。ショウウィンドウの中で蓉子は絶望的な顔をしている。
あたかも世界が息苦しいかのよう。この波の中巧く泳げたら良いものを。
彼女はきっと、泳ごうと思う以前に波自体を厭い近づくこともしないのだろう。
貴女はきっと泳げることを知らないだけ。砕ける波を触れることもせず畏怖している。
整備された歩道も、もう少し幅を利かせても良いのではないかと理不尽に考えた。 そうすればもう少し、彼女も近づき易いのではないか。そんな安直なことも考えた。
休日の人混みは只圧倒されるばかりだ。意地になるのも疎ましく蓉子は半ばもいかぬうちに早々に引き返した。
逃げるように徐々に人も疎らになる道を抜け、玄関へ逃げ込んだ時蓉子は崩れ落ちそうになる程安堵している自分に気付き、観念したように自嘲げに嗤った。人の中でこそ孤独は痛い程に感じる。
 姿見程もある鏡台の前に座り、蓉子は自らを見詰め返した。死んだ魚のような瞳。
以前は泳げたような気がした。泳げた気でいたのかもしれない。今はもう、それすらも判らない。
カーテン越しの薄く差す自然光が朧げに部屋を浮き上がらせる。
何処までも何処までも暗い眼をじっと見詰め返す。こうしていれば、いつか鏡の中へ吸い込まれるのでは無いだろうか。
つと、思い出したかのように手に持った銀色の鋏を重たげに持ち上げそっと、髪に添え、軽く切り揃える。髪がはらはらと肩口に堕ちる。しゃきんと、金属の擦れる独特の音が耳を占める。それが三度となると耳鳴りのようにこびり付く。
髪は腕を動かすとその肩の下の筋が動き、膝や床へとりとめも無く堕ちてゆく。
時間の感覚が摩耗してゆく。普段、使いすぎたのだろう。今までの当たり前のように持っていた緊張感や張りつめたものが一気に解かれてゆく。こういうのも悪く無い。
死んだ魚。
濁った瞳。
動くことの無い鰭。
見苦しく喘ぐ鰓だけが生への固執。最後の執着。
死や絶望は、こんなにも明確な形を成しているのに、生や希望の、何と幻想的なことだろう。
死んだ魚は只波に翻弄されるばかりで、流れる木片と変わりない。
只水の中腐敗してゆくばかりである。
死の定義とは一体なんだろうか。心臓が動いているだけで生きられるのならば、それはとても幸せな生に違いない。
渋面を浮かべたまま路上に立ちすくみ、雨音を鬱々と聞くしか生きる道はないのか。
ふと、鏡の中の蓉子が、蓉子に死んだ嘲笑を浮かべた。



 江利子が淡々と紙面に筆を滑らせる。
 髪、切ったのね。
 顔も上げずにそう言った。
聖は、そう言われ、初めて気が付いたように手元の本から顔を上げ、蓉子をまじまじと見た。
物を見るような視線に、蓉子はテーブルの下形づく程強くスカートを握りしめる。
そうなの?
予想を裏切らぬ反応に、蓉子は又自嘲げな自分が浮かび上がるのを感じた。
けれど、蓉子の矜持かそれははたまた染み付いた習性か頬の筋はそれを許さない。蓉子自身、そのどちらとも判別はつかない。
ええ、揃えただけだけれど。
そんなことを答えた気がする。聖はそれだけ聞くと、もう興味を失ったとばかりに又、字面へ視線を戻した。



 ノイズのように耳障りに通り過ぎる世界をぼんやりと眺めながら、蓉子は何をするでも無く窓辺に腰掛けた。
テーブルの花瓶から一つだけ抜き取った華を一輪、手で弄びながら箱庭のような校舎を見上げる。
少女が秘め事を占うかのように、蓉子は花弁を一枚、その花から剥離する。
ひとしきりそれを眺めた後、指を離すとひらりと舞い堕ちた。
蓉子はそっと、窓を開ける。
蝶番が高い音を立て、風を館へ招き入れた。
白々とした陽光に蓉子が目を細め、肩にその暖かさを強く感じた。
蓉子は思い切り、その花を外へ投げた。
名も知らぬ花は風に煽られ少しだけ遠くへ飛んだ。
そこには、只芽吹き始めた地面が広がるばかり。

 何週間か前に新しく買った傘は、暫く所在なく仕舞われていたのだけれど今日になっ て漸くその役目を行使する運びとなった。その傘を手に銀杏並木を歩いていると、漆黒 が細く延びたような髪を黒く褪せる制服に馴染ませ、彼女はぼんやりと傘を手に佇 んでいた。誰を待っているのかは計らずとも分かったけれど、余りにも待ち人然とした 雰囲気に蓉子は苦笑した。
そのまま通りすぎようとして、脚をすくませたように立ち止まる。何故そうしたのか、 それは今でもわからない。彼女はというと近くに立ち止まる人物へいぶかしげな視線を 送っているのが分かる。
意を決し蓉子はそちらへ振り向く。足元で水が跳ねた。彼女と逃げられない程に目が合 う。傘から現れた顔が慮外だったのか、彼女は雨音に混ざるように息を飲んだ。
「久保・・・栞さんよね?」
思ったよりも落ち着いた声が出たことに安堵した蓉子は栞が逡巡に言葉を詰まらせる間 に、悟られぬよう細く細く息を吐いた。
「・・・はい。」
短く応えられた言葉に僅かな警戒の色を見付けて、蓉子はおやと首を傾げる。しかし直 ぐに自分のような人間が他にもいるのだろうと思い直す。
「何でしょうか、紅薔薇様」
気丈な姿勢をする栞に蓉子は好感を抱いた。しかし顔の筋肉にそれに伴う事はさせない。 「自己紹介の手間が省けたわ。余り時間も無いようだから、手短に済ませるけれど」
一息をおくように蓉子は傘を持ち直した。
「あなたは、白薔薇の蕾の妹になる気はあるのかしら」
 白薔薇に重なり見つめていた栞の瞳が僅かに揺らぐ。しかし耐えきれなくなったのか顔 をうつ向かせると、目に見えない何かを求めるように自らの胸元に目を落とす。
「・・・あの方はそのつもりはないようです」
「・・・言い方を変えるわ」
紡ぐ言葉をほどくように雨音がより強く世界を打ちつける。
あなたは、現状を動かす気は無いのかしら。

「・・・分かりません」
「今のままで良いと?」
「そうは思いません」
「じゃあ、何故かしら」
 栞は、何か悲惨な物でも見たかのような表情で俯いたまま身じろぎ一つしない。
「・・・私、」

 漸く出た言葉を蓉子が理解したのはその数瞬後。
 それと同時に横で、大きく水が跳ねた。
 二人は弾かれたように顔を上げる。
「何してるのよ、蓉子」
 双眸に静かな怒りを滲ませ、聖は傘も差さずにそこに佇んでいた。
蓉子は、胸が締め付けられ耳がぼうと聞こえなくなった。
「・・・雨の中人を待つ下級生と、少し話をしていただけよ」
 悟られたく無かった。蓉子は強張る喉元の力を故意に抜いた。
それは聞く者にとって些か冷たかったのかもしれない。
栞に一言断り、蓉子は踵を返すとその場を離れた。傘に絶えず雨粒が跳ねる。
振り返る事など出来なかった。

足下で跳ねた水滴の冷たさにふと我に返る。

 いつのまにか雨は止んでいた。


06.04.23.加筆訂正。



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