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万華鏡の躑躅    2008 / 02 / 11 ( Mon )

 その病室を思い出す時、私の記憶の中は何時も青く染まる。





 青



 今年でもう21年の歳月を歩む私ではあるけれど、その人生の中で幼い頃に風邪を拗らせ、祖母と行った病院をふと思い出す事がある。
それは決まって、現在の自分が風邪を引いたときに限り、それ以外のときは不思議な程綺麗に忘れていた。

  明日の講義は休もうか、嗽をしながら考える。
水を吐き出すと、喉に絡み不愉快だった痰が無くなり口腔内が幾分楽になった。

 上京してから一年程経った頃、実家からの訃報で祖母の瞑目を知った。
そろそろかな、とは思ってはいたので然程驚く事は無かったけれど、近しい人の死は胸に僅かな空虚さをもたらした。
実家に帰り、祖母の部屋である和室で見たその主の遺体はとても小さく、棺の中に収まっていた。緩く組まれた手が、もう二度と動かないのだということをその時初めて実感した。


 祖母の手は

 皺のおうとつが激しく乾燥していて、私が熱っぽかった所為かも知れない、手に少し冷たく感じた。けれど、私の身を案じて手を引く祖母の背中は何処となく頼もしく見え、強く握り返した幼い私に祖母は肩越しに微笑んだのを覚えている。何も言わず、只祖母は微笑んだ。


 置いた歯ブラシは、白い泡に混ざって少し紅くなっていた。又力を入れすぎたらしい。右前歯の歯茎から血が滲んでいた。
もう一度、カップを手に取り口をすすぐ。水を吐き出した口の中は、ハッカ飴を舌に転がせたときのように触れる空気の温度をひやりと下げる。


 硝子のはめ込まれた重い扉を祖母は他の大人たちと同じように片手で開け、私を先に入れると扉を音も無く閉め、空気の流れを止めた。
 鼻を突く薬品の匂い。電気は付けず、その代わりに壁一面に硝子を張り巡らせ自然光を取り入れる造りになっていた。仰げば、格子状に覗いた天窓から切り取られた碧空が見えた。碧空は、真白いであろうこの建物も呑み込んでしまう程青く、青く、天窓の向こうに広がっていた。
 受付と幾つかの長椅子には誰も座っておらず、同じようにこの空間に見当たる生物はいなかった。通りの車の音さえも遠のき、只静寂がその身を圧迫した。いつかテレビで見た教会のように並べられたその長椅子の向こうの、張り巡らされたその硝子の向こう。建物と硝子に囲まれたショーケースのような小さな中庭に細やかに花が植えられていた。光の加減で青みがかった病院の中でその花弁の薄紅に目が吸い寄せられる。
花弁が反り返り、大きく口を開いているかのような花が、切り揃えられた葉からぽつりぽつりとのぞいている。


 コンタクトを外し、おざなりに洗浄液へ浸した。
俄に視界がぼやける。


 そっと祖母の手から解くとたゆたうように彼の花へ、硝子へ風邪でくらくらとする体を運ぶ。
余りにも重くて、少し疎ましく思いながらも、目を花弁から引きはがす事は無く、頭の何処かではずっと前を歩いているような気持ちになっていた。
知らぬうちに随分と前屈みになっていた事を硝子に手が触れてから初めて知った。
それでも、魅せられたように目を離す事無く硝子にうつる顔越しにその花弁に視線を絡め続けた。


 流しに手をつき、蛇口の近くへ顔を埋める。
口の中に酸味が広がり噎せ返るように嘔吐した。
その白濁した内容物が排水溝に詰まるのを眺めながら、「これお昼のパンだ」と外れた事を考えた。胃が痙攣するように引き攣り、きりきりと痛む。緩くそれをおさえ、手の温度に徐々に腹筋が弛緩する。
 自主休講決定かな。そんな事を独り言つ。

絞り出した声は思ったよりもか細く、早く寝ようと思考を切り替えた。 脚を引きずり移動に体力が削られ、倒れ込んだベッドの軋みに沈めた身はもう動きそうにない。遠くでサイレンの音がする。 電灯をつけずにいたので部屋の中は薄暗く、部屋の隅に燻る闇を意味も無く凝視した。

 熱が酷いとき程、記憶は鮮明に色を濃くしてゆく。
それを今までの経験から私は知っていた。
そしていつも、この後が思い出せなかった。思い出す前に、熱が引き始めていたから。祖母に手を引かれ、もと来た道を歩く姿は浮かんでも、その病院内での部分だけがごっそりと抜け落ちたように思い出せない。
祖母に訊こうと思った事もあった。けれど、それを上手く表現出来るだけの言葉と記憶が無く、伝えるべきものが曖昧すぎて切り出す事は無かった。
 聞かない理由は、それだけではなかったと今では思う。
はっきりとそれを言った訳ではないけれど、何故か、話そうとすると、どうしようも無く気が咎めた。
 それは、私にとってタブーだったのだ。

 顔が火照ったように熱い。無理に買い物をせずに、そのまま帰ってくれば良かった。
腕を持ち上げ額に当てると、少し冷たくて気持ちが良かった。
 ぐるりと、視界が回る。
「・・・そうだったんだ」
 重たげに呟くと、腕を額に当てたまま、静かに静かに目を閉じた。


 額に冷たさを感じ、振り仰ぐと何時もと変わらぬ微笑を浮かべた祖母の顔があった。その微笑がそれよりも前に見た同じ微笑と重なる。

 私には、祖母にもらった万華鏡があった。

私は、どうしてこの小さな筒の中にこんなにも綺麗なものが広がっているのか不思議で 仕方が無かった。何処か、この世界と重なり合った異世界をのぞき見る為のものかと思っ た事もあった。あの時も魅入られたようにそれを覗き込んでいた。最近では何時間もそう してる事も珍しく無かった。私は、それを壊して中を見れば判るのではないかと考えた。 今にして思えば到底真似出来る事ではなかったのだけれど、その時は本当に妙案に思え、 家に飾ってあった当時の私でも持てるような小振り花瓶を手に取った。何時もは花が活け てあるのに、丁度からになっていて私は何の疑問も欺瞞も虚偽も無く、その花瓶を振り上 げた。その時これを振り下ろした時にこの世の全ての真理は解けるのだと信じていた。
手を止めたのは、祖母。私の手を掴んだものと反対の手には、生け替える筈だったのであろう花が艶やかに笑んでいて。  あの微笑はこのときのもの。無言で私を諌める祖母の温もり。
忘れていたのが不思議な程、しっかりとした輪郭を持つ祖母のえくぼが目に焼き付いた。
 何故私があの時あの花に魅せられたのかは、有為転変が免れぬように今となってはもう判らない。
けれど祖母の微笑を私は決して忘れない。

 何時の間にか、私は深い眠りに落ちていた。


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